こちらのコースでは、人は時折すれ違う程度でしたね。多くはなかったです。向こうのメインコースはもう少しいたのかも。
森には結構あったんだね。
一人で出かけていたときもありますが、今はこの中を全く一人で歩くのは流石にためらいますね。獣の遭遇もこの頃ある中でもあり(人が怖い、という時期もありました)。
しかし、一人杖をつきながら歩いていたおばあさんが見えて驚きました。
見上げればホオノキ。
赤池へ上がる道。
以前からの傾向ではありましたが、、池と言うよりは湿地にもうなっている感じの赤池。かつてここでトビケラの巣を見せてもらったり、ちびっ子Yu-Yuが池にはまって大騒ぎした様子からは様変わりしてしまいました。
「海上の森の詩」ものみ山自然観察会編 七賢出版(1995年)20頁から、かつての赤池の姿。
人が使わなくなり、かいぼりなどしなくなったので、いずれは池ではなくなる運命ですね・・・。
ミズキさんは変わらずありました!樹形とかは変わったのかもしれません。
飛騨にもあるホオノキが健在である一方で、
こんなに巨大に生長したシュロチクを見るようになるなんて・・・。
元は園芸種ですが、種子か苗かが森に運ばれて、近年の温暖化も手伝って森の中で大きくなってしまったのかな?こういった姿にも時の流れを実感します。
森には似合わない姿なんですが。
貴方はボントクタデになるのか?(タデ科は難関)
花もいいけれど、花の後のこの姿も好き。
ずっとずっと一日中歩いていたい、歩く中でもう楽しい、やはり何度来てもここはそんな森です。
逍遙する楽しさが味わえる場所はそうそうなくて、他には愛知県民の森、行けなくて大分経つけれど面の木峠、そして今やはりコロナ禍でお預けとなっている飛騨の天生峠になるかな。
やはり森は行かないと。心の支えであり、命の洗濯の場所でもあり。
「ただどこまでも十力の作用は不思議です」(「虔十公園林」宮沢賢治より)
また来ましょう!
続きます。