もり~ゆ 野巡りの日々、第3章

身近な場所を始め、自然のことなどを書いていきます。

宮澤賢治の世界、これからも。

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これからも、賢治さんの作品は読んだりすると思います。

ただ今図書館で全集を順次借りて未読だったお話しや詩などを見つけて読んでいこうとしています。

 

ここでは賢治さんについて書くのは一旦、ここまでとしましょうか・・・。

また書くかも知れませんが。

 

画像は葦毛湿原に行く途中の散策路にあるクロバイの花。

賢治さんのいた岩手県にはクロバイは多分無いと思うし、岩手と愛知・豊橋との自然は大分違うと思うけれど、どこの自然にいても、賢治さんが感じたような自然からの語りかけはあるのだと思います。

 

こんな風に特に空と雲がクロバイの花とこちらを見つめているような時などは。

 

そうなんだ、私にとって環境問題や自然保護とか自然観察とかは生きものが好きで、自然の森や空気や空や川や海が好きで堪らなくて、それらが人間によって駄目にされてしまうのは堪らないからなんだ、ということに他ならないのですね。

勿論、そんな世界は人にも良くないし危機でもある。

 

人も取り巻く自然界が今後どうなってしまうのか、やっぱり賢治さんのようにおろおろしながら見て、歩いて、何かしらするのだろうと思います。

北九州の魚部の機関誌で言うのなら、「無事確認」。

西和賀のSさんによる「毎年いつもそこにある、変わってはならないもの」として。

それは単に植物や鳥をトレジャーハンター的に追いかけるとか、知識欲とは違うものなのだろうと思います。

賢治さんにとって自然の中を歩いて交信するのは生活の一部だったのでしょうね。

 

賢治さんの取り組みは、生前には実を結ばなかった所もあったと思うけれど、でもその後、沢山の人が物語や詩を読み、その生き方に共鳴したりしているよ。

 

いつか、花巻の「賢治祭」は訪れてみたいと思っています。